浦和地方裁判所 昭和57年(ワ)1219号 判決 1984年9月27日
原告 斉藤ミヤ子
右訴訟代理人弁護士 桜井和人
被告 根本勲
<ほか一名>
被告ら訴訟代理人弁護士 尾崎昭夫
武藤進
額田洋一
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは原告に対し、各自金一五七万〇三三〇円及びこれに対する昭和五二年一月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの連帯負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
(被告ら)
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 本件事故の発生
(一) 日時 昭和五二年一月二〇日午前一時一〇分ころ
(二) 場所 埼玉県浦和市大字上木崎四四二番地の五先路上
(三) 加害車 普通乗用自動車(足立三三あ五四号、以下「加害車」という。)
右運転者 被告根本
(四) 被害者 原告
(五) 態様 原告が前記道路東側の路側帯の白線内側に佇立していたところ、大宮市方面から浦和市方面に向って進行してきた加害車が原告の身体の左側部に衝突し、原告をはねとばしたもの。
2 責任原因
(一) 被告根本は前方不注視等の過失によって本件事故を惹起させたものであるから民法七〇九条に基づき本件事故により原告が被った損害を賠償する責任がある。
(二) 被告帝都自動車交通株式会社(以下「被告会社」という。)は加害車の保有者であるから自賠法三条に基づき本件事故により原告が被った人的損害を賠償する責任がある。
3 損害
(一) 原告は本件事故のために昭和五二年一月二〇日から同年三月一五日まで(五五日間)の入院加療及び退院後同年九月までの通院加療を要した頸部捻挫、頭部打撲・挫創、胸部・腰部・大腿部打撲の傷害を受けた。
(二) 右受傷に伴う損害の数額は次のとおりである。
(1) 治療費 一一四万円
(2) 付添看護料 一三万七五〇〇円(入院期間五五日、一日当たり二五〇〇円)
(3) 入院雑費 三万三〇〇〇円(入院期間五五日、一日当たり六〇〇円)
(4) 医師・看護婦謝礼 六万三一五〇円
(5) 休業損害金 四六万八二〇〇円
原告は本件事故前一か月平均二三万四一〇〇円の収入を得ていたが、本件事故により二か月間の休業を余儀なくされた。
(6) 退院後の家政婦費用 一四万八九八〇円(昭和五二年三月一七日から同年四月三〇日まで)
(7) 入通院慰藉料 九〇万円
4 損害の填補
原告は、被告会社から一三二万〇五〇〇円の弁済を受けたので、前項の損害の一部に充当する。
よって、原告は被告ら各自に対し、損害賠償として金一五七万〇三三〇円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和五二年一月二〇日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による金員の支払を求める。
二 請求原因に対する認否(とくに断りのない限り各被告共通)
1 請求原因1(一)ないし(四)の各事実は認めるが、同(五)の事実は否認する。
2 同2(一)の事実は否認(被告根本)、同(二)のうち被告会社が加害車の保有者であることは認める(被告会社)。
3(一) 同3(一)のうち原告が本件事故によりその主張のような傷害を負ったことは認めるが、その余の事実は知らない。
(二) 同(二)の事実は知らないし、損害額の相当性は争う。
4 同4の事実は認める。
三 被告らの抗弁・再々抗弁
1 (消滅時効)
(一) 仮に、被告らの本件事故に基づく損害賠償債務が発生したとしても、本件事故は、昭和五二年一月二〇日に発生したものであるところ、原告は、同日原告が受傷した事実及び被告会社が加害車の所有者であり、その運転者が被告根本であることを知った。しかるに、本件事故発生の日から既に三年を経過しているから、被告らは本訴において右時効を援用する。
(二) 民法は、訴えの提起を時効中断事由と規定しているが、時効制度の存在理由に鑑み、かつ、債務者(被告)の防禦権の保障という観点からすれば、民法の右中断事由の規定は、訴状が直ちに被告に送達されることを前提にしているとみるべきであり、合理的理由がない限り、訴状が相当期間内に被告に送達されなかったときは、時効中断の効力を生じないと解すべきである。しかるに、原告が本訴を提起したのは昭和五七年内であるのに、本件訴状が被告らに送達されたのは、本訴提起のときから少なくとも一〇か月又は一一か月を経過した後のこと(被告会社につき昭和五八年一〇月五日、被告根本につき同年一一月一一日)であり、その間被告らに対する訴状の送達を困難とするような事情は全くなかったのであるから、本訴の提起には時効中断の効力がないというべきである。したがって、仮に原告の再抗弁が認められるとしても、その主張にかかる被告らの債務承認の日である昭和五四年一〇月二五日から既に三年を経過しているから、被告らは本訴において右時効を援用する。
2 (過失相殺)
本件事故の現場は、通称産業道路と呼ばれる交通量の多い直線道路で、その附近はガードレールにより車歩道が区別され、横断歩道は設置されていない。そして、本件事故当時は深夜であり、右道路の下り車線は大型トラックがひっきりなしに通過していた。
右のような状況において、原告は、右道路東側のガードレールの切れ目から、被告根本が加害車を走行させていた上り車線に、全く不注意に、突如出てきたものであり、同被告において急ブレーキをかけても間に合わず、本件事故が発生したのである。したがって、本件事故発生については原告にも過失がある。
四 原告の再抗弁
被告ら代理人である馬場敏夫は、昭和五四年一〇月二四日原告代理人弁護士桜井和人の事務所において、同人に対し被告らが本件事故に基づく損害賠償債務を負っていることを承認した。
五 再抗弁に対する被告らの認否
再抗弁のうち、馬場敏夫が昭和五四年ころ、原告主張の場所に原告代理人弁護士桜井和人を訪れたことは認めるが、その余の事実は否認する。
馬場敏夫は、昭和五四年当時被告会社の渉外担当課長補佐で、その職務内容は、被告会社所属の運転手が交通事故を起こした場合、被告会社の窓口として、被害者やその家族等への謝罪・見舞・連絡等にあたるというにあり、被害者等と和解契約を締結したり、被告会社の債務の承認をするなどの代理権は職制上有していなかったし、本件事故に関し個別にそのような代理権を授与されたこともない。また、被告根本が馬場敏夫に対し、本件事故に関し原告と和解交渉をする代理権を授与したことはない。
更に、馬場敏夫は弁護士桜井和人を訪れた際、同人が本件事故に基づく原告の損害の賠償を請求したのに対し、損害の発生を証明する資料を提出して欲しい旨反論したにすぎない。
第三証拠《省略》
理由
一 本件事故が発生したこと(但し、その態様は除く。)、原告が本件事故により頸部捻挫、頭部打撲・挫創、胸部・腰部・大腿部打撲の傷害を負ったことは原告と各被告との間において、被告会社が加害車の保有者であることは原告と被告会社との間においてそれぞれ争いがない。
二 本件においては、被告らの本件事故に基づく損害賠償債務が発生したか否か、これを肯定しうるとしてその損害額は幾許であるかが争点の一つではあるけれども、この点の判断はしばらく措いて、まず、抗弁、再抗弁について判断する。
1 原告が本件事故発生の日である昭和五二年一月二〇日に前記受傷の事実及び被告会社が加害車の所有者であり、その運転者が被告根本であることを知ったことは、原告において明らかに争わないからこれを自白したものとみなすべきところ、本訴提起(これが、本件事故に基づく被告らの損害賠償の消滅時効中断の効力を有するか否かは別として)のときである昭和五七年一〇月二二日(本訴提起が右の日付であることは記録上明らかである。)には、右本件事故発生の日から三年を経過していたことは明らかであり、また、被告らが本訴において右消滅時効を援用したことは訴訟上明らかである。よって、被告らの抗弁は理由がある。
2 原告は、被告ら代理人である馬場敏夫は、昭和五四年一〇月二四日原告代理人弁護士桜井和人(以下「桜井弁護士」という。)の事務所において、同人に対し、被告らが本件事故に基づく損害賠償債務を負っていることを承認した旨主張する。
(一) 《証拠省略》によれば、原告は、本件事故に基づく損害の賠償に関する被告らとの交渉を桜井弁護士に委任したこと、被告会社は、昭和五四年一〇月一五日までに原告に対し、本件事故に基づく損害の一部填補として金一三二万〇五〇〇円を弁済したこと(右弁済自体は当事者間に争いがない。)、桜井弁護士は原告に対し、昭和五四年一〇月一五日郵送の書面をもって、本件事故に基づく原告の損害総額二八九万〇八三〇円(その内訳は、治療費一一四万円、付添看護費一三万七五〇〇円(一日当たり二五〇〇円、五五日分)、入院雑費三万三〇〇〇円(一日当たり六〇〇円、五五日分)、医師・看護婦謝礼六万三一五〇円、休業損害四六万八二〇〇円、退院後家政婦費用一四万八九八〇円、入通院慰藉料九〇万円)から前記の既払分一三二万〇七〇〇円を控除した残金一五七万〇三三〇円を支払うべき旨を催告し、同書面は同年同月一七日被告会社に到達したこと、被告会社本社車両課課長補佐の馬場敏夫は、右原告の催告を受けて、桜井弁護士と交渉するため、昭和五四年一〇月二四日浦和市内に存る同弁護士の事務所を訪れたこと、その席上、馬場敏夫は、原告が前記書面で主張する休業損害については、その発生を確認するための資料として原告の勤務先発行の休業証明書を被告会社に交付して欲しい旨、付添看護料一三万七五〇〇円については、これを一日当たり二〇〇〇円と計算して五五日分で一一万円と、入院雑費三万三〇〇〇円については、これを一日五〇〇円と計算して五五日分で二万七五〇〇円と、慰藉料九〇万円については、日本弁護士連合会設定の「交通事故損害額算定基準」に従い六八万二六六七円とそれぞれみるべきである旨、更に、本件事故の発生については、原告の過失もその一因を成しており、過失相殺として全損害額から三〇パーセントを控除すべきである旨の意見を述べたこと、右当日の交渉の場では、右請求にかかる休業証明書は交付されなかったし、また、本件事故における原告の過失割合及び慰藉料額について双方の意見が一致しなかったため、結局損害額の確定及び和解契約の締結には至らなかったことが認められる。
(二) ところで、馬場敏夫が右認定にかかる昭和五四年一〇月二四日の桜井弁護士との交渉に際し、被告根本のためにすることを示してこれをなしたことを認めうる証拠はなく、同被告が右交渉に先立って、馬場敏夫に対し本件事故に基づく同被告の損害賠償に関する交渉(損害額の確定を含む。)や和解契約締結の代理権、したがって右損害賠償債務を承認する権限を授与したことを認めうる証拠もない。
また、右認定事実によれば、馬場は、少なくとも外形的には、原告代理人たる桜井弁護士に対し、昭和五四年一〇月二四日、付添看護費を一一万円、入院雑費を二万七五〇〇円、慰藉料を六八万二六六七円とそれぞれ改めるほかは、前記書面において原告が主張する損害額の合計を本件事故により原告が被った損害の総額とし(但し、休業損害についてはその発生が書面により証明されることを条件とする。)、これに〇・七を乗じた額(過失相殺)から既払分一三二万〇五〇〇円を控除した残額につき、被告会社において賠償債務を負うとの認識を表明したものと推認することができないではないけれども、馬場敏夫が被告会社を代理して右債務を承認する代理権を有していたことを認めうる証拠はない。この点に関しては、証人馬場敏夫の証言及び弁論の全趣旨によれば、同人は被告会社本社車輛課長補佐として、被告会社所有の自動車が交通事故を起した場合に被害者等との損害賠償の交渉を担当する職務に従事する者で、昭和五四年当時一件当たりの賠償額が一二〇万円未満であり、かつ、自賠責保険からの給付が可能である交通事故の損害賠償については、自らの判断で損害額を確定し、被害者と和解契約を締結する職務権限を有していたけれども、右以外の場合には、損害額の確定及び和解契約締結の権限はなく逐一上司の決裁を仰ぐ必要があったことが認められる。そうとすると、前記のとおり、被告会社は原告に対し、昭和五四年一〇月一五日までに、本件事故に基づく損害賠償として一三二万〇五〇〇円を支払っていたうえ、原告は右既払分を除いて一五七万〇三三〇円の残債権がある旨主張していたのであるから、本件事故に関しては、馬場は、被告会社のために損害賠償額を確定したり、和解契約を締結する権限、したがって、本件事故についての被告会社の損害賠償債務を承認する権限を有していなかったことが明らかであり、この点において原告の再抗弁は理由がない。
以上のとおりであるから、仮に、被告らの本件事故に基づく損害賠償債務(その範囲は別として)が発生したとしても、右各債務はいずれも時効により消滅したものというべきであるから、結局原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないというに帰する。
三 よって、原告の被告らに対する本訴請求をいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 小池信行)